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リマソール

コロッスィ城 テンプル騎士団によって13世紀建設。15世紀に今の形に再建。
ここでトロードス山脈の最高峰オリンポス山を拝む。


コウリオン遺跡 グレコ・ローマン式劇場。紀元前2世紀に作られ、紀元後2世紀に今
の形になった。敷地内にエウストリオスの家があり、5世紀のモザイク床が見学出来る。


アポロ・ヒラテスの聖地 コウリオンの守神とされた森の神。紀元前8世紀から紀元後
4世紀にかけて栄えた。



ラルナカ

ラルナカ城

聖ラザルス教会 ビザンティン様式。9世紀皇帝レオ6世により建設。17世紀に修復。
聖ラザルス:一度死んだが、キリストによって復活後、キプロスへ渡る。30年間この島
で過ごし、聖バルナバス、聖マルクによって聖人化される。
地下の墓所に聖水が湧き出ている。「体の悪いところにかけると治る」そうなので、早速
頭にかけておいた。効き目は???


 アテネ経由、オリンピック航空でラルナカより入国。春に見た北キプロスの地は緑豊か
な土地。しかし南部に入ると赤茶けた土地が広がっていた。土は白かったから、今思えば
穀物の色?なんだけど。。。あまりに対照的な色だったので、大変印象に残った入国時の
思い出です。ここラルナカ近くには塩湖があります。



ニコシア

ファマグスタ門

大司教の館 ネオ・ビザンティン様式。1960年に建設。

聖ジョン大聖堂?教会 1662年大司教ニキフォロスにより建設。

ビザンティン・イコン博物館 9〜18世紀の島のイコンを収集。写真撮影不可

考古学博物館 これも写真撮影不可。ペルシア、アッシリア、エジプト、ギリシア等々の
影響が見られて興味深かった。正に混合文化である。中でもお気に入りは「はにわ軍団」。
素材の色といい、素朴でユーモラスな味わいある表情といい…一瞬「ここは飛鳥の地?」
って思いましたヨ。(あーなのに撮影出来ないー!ぶーぶー!!)尚、ここには北キプロ
ス領のサラミスからの出土品も展示してあります。


 こっそりだけど、グリーンラインの撮影出来ました。北と違って全然軍人の姿を見ませ
ん。北より更に和んだ雰囲気です。本土のギリシアと違ってゴミが落ちていないのも驚い
た!
 こういった島国が生き残るには「教育が大事」と、3才から義務教育が始まるそうです。



パフォス


ネクロポリス 紀元前3世紀〜紀元後3世紀。「王たちの墓」という名前だが、貴族や聖
職者たちの墓が集まっている。ドーリア式の柱が多く見られる。


アイディア・キリヤ・キリ教会 初期ビザンティン時代のバシリカ跡地に建てられた教会。
聖パウロがくくりつけられたという柱が有る。(Panayia Chrysopolitissa church)


ディオニソスの家
テセウスの家
3世紀の貴族の家。ギリシア神話にちなんだ
モザイクがゴロゴロ。すごいぞ!!


アフロディーテ生誕の岩 愛と美の女神アフロディーテは、この美しい海の波間の泡から
生まれたとされる。ボッチチェリの「ヴィーナスの誕生」そのものの風景です。



モザイクe
モザイクf
モザイクg
モザイクh
モザイクi



キプロス島の簡単な歴史
●旧石器時代末期
 南部海岸地方の洞くつや岩陰から、ピグミー象やピグミー犀の骨を伴う文化層発見。貝や石で作られたビーズ玉、装飾具、フリント(火打ち石)製石器なども見つかっている。

●新石器時代B.C.7000年紀
 先土器新石器文化:カラバソス遺跡(南キプロス)円形プランを持った家屋。石と日乾しレンガの壁。壁には赤い顔料で壁画が描かれていた。
 近くのキロキティア遺跡B.C.6000年紀集落全体が厚い防御壁によって守られている。平原や川、泉に近い山麓地帯に住んでいた。農業を始めていた。麦、羊、山羊、豚を家畜として飼っていた。赤土を使用した壁画も見られる。
  1:小アジア起源説
  2:シリア/パレスチナ起源説
  3:両方からの移住者説 フリント製石器や、小アジア産出のものと成分が一致している 黒曜石(火山  性のガラス状の岩石。キプロスでは産出せず)の石器が見つかっている。

●新石器時代後半B.C.5000年紀
 土器が作られるようになる。

●金石併用期B.C.4000年紀
 南西海岸と西海岸にこの時代の遺跡多し。

●青銅器時代B.C.3000年紀
 アナトリアからキプロスへの移住者がかなり増えた模様。これがきっかけとなり青銅器時代に入る。この頃家畜として、牛が小アジアから導入された。

●後期青銅器時代B.C.16-12世紀
 エーゲ文明との交流が顕著に現れる。銅の輸出国として繁栄。その後のミケーネ文明とも密接な関係を持つ。エジプトとも銅を通じて関係があった。こうして様々な地域の技術や文化が取り入れられた上で、キプロス独自の文化へと発展していった。

●初期鉄器時代
 ギリシア人の大量移住始まる。南海岸のキティオン遺跡。

●フェニキア時代B.C.9世紀
 紀元前709年アッシリア王の支配下。東海岸サラミス遺跡。

●ヘレニズム期以降
 プトレマイオス朝の支配下へ。B.C58年にはローマによって占領。その後300年程はローマの支配下。聖パウロがサラミスに到来し、島はキリスト教化。ビザンティン時代へ。中世には十字軍の要塞、ゴシック様式の修道院等が建設された。


以上の参考資料
古代オリエント博物館情報誌『ORIENTE 』4号
観光用パンフレット 数冊




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 改装日:2004/07/04
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